「愛してっ‼」 

 

ハカセ 白衣。

アル  アンドロイド(故に自我は無い。自立型AI)前と後ろにでかく「R1」と書かれたTシャツ。

台詞はマシンボイス(要は片言で)

モナミ 同じくアンドロイド。こちらは最新型である。タキシード。アルに比べて、かなり流暢な言語機能。

 

上手はけ口のみ。上手にベッド。中央に机。また、いすが机と下手にそれぞれ二つづつおいてある。(いすは箱のようなものでもいい)

 

客電FO

ハカセ、ベッドに寝転がっている。

音響FI(クラシック・ショパン)

照明FI

 

アル、いすCに座って下を向いてぐったりしている(電源が入っていない)。

 

ハカセ んっ…、あぁあ(あくび)。

 

ハカセ、起き上がりベッドのヘリに座る。しばらく頭を押さえたりかいたりする。

ベッドを立っていすCに向かおうとする。

 

ハカセ う〜ん。いい曲だ。寝覚めにショパンとは気が利くな。…この香りは…紅茶か。ずいぶんと眠っていたはずなのに、こうも素晴らしい寝起きが用意されているとは。

…でも、おかしいな。アルがこんな気のきいたことするとは。ふふ、褒めてやらねば。

んっ?洗濯してきます…。ふんん…。(置手紙を机に戻しまた頭に手をやる)

おや?アルはそこにいるし…。(ふと思いもう一度置手紙を手に取る)洗濯してきます?んんっ??

 

モナミ、登場

 

モナミ あっ、お目覚めですか。おはようございます、ハカセ。お加減はいかがでしょうか?

 

音響CO

少しの沈黙

 

ハカセ ・・・

モナミ どうしたんです?あぁ、外はいい天気ですよ。

 

モナミ、ハカセに近寄る

 

ハカセ ち、近寄るな!お前は何者だ!

モナミ あぁ、申し遅れました。私、サニー社製アンドロイド、最新2222年モデル、半永久稼動可能窒素動力、および自動学習型増殖マイクロマシンを搭載した、mon-ami0013です。

ハカセ …。は?

モナミ ですから、今年2222年に発表された半永久稼動可能窒素動力および新開発・・・。

ハカセ そうじゃなくて!あぁもう。わけのわからないところが多すぎる。

モナミ 恐縮です。

ハカセ 褒めてない!!あぁ!とにかく、私から質問していくからわかりやすく答えてくれよ。

モナミ かしこまりました。

ハカセ あんたは誰?

モナミ アンドロイドのmon-ami0013です。人々は私のことをモナミと呼びます。

ハカセ モナミ?

モナミ はい。M,O,N,A,M,Iでモナミです。

ハカセ …うん。で、ここに来た目的は?

モナミ ハカセにお使えしたく思い、参上したしだいでございます。

ハカセ え!?なぜ?…急に言われてもな……

モナミ 知的好奇心というものです。ハカセがなぜここにいるのかが知りたい、これでは理由になりませんか?

ハカセ どうも腑に落ちない。

モナミ ハカセは今からちょうど100年前、莫大な富を得た。しかしハカセはその後すぐに社会から隔絶されたこの島に移り住んだ。ハカセほどの英雄が、なぜこんな小さな南の島で、外部との接触を一切避けて暮らしておいでなのか…。どうしても知りたいのです。

ハカセ …。

モナミ ご迷惑はかけません。洗濯も掃除も、お食事の用意もできます。どうかおそばにおいてはいただけないでしょうか…。

ハカセ だがな…。

モナミ ハカセは私を疑っておられるのですか?

ハカセ そりゃあ疑ってるさ。

モナミ ご安心ください。私はサニー社製ですから!

ハカセ だから?

モナミ ですから・・・だいじょうぶです!!

ハカセ (少し悩んで)わかった。私はかつての科学者として、最新の科学技術が知りたいし、今世の中で何が起きているのか知りたい。そして、最先端のアンドロイドのお前の体にも興味がある。

 だから、そういった情報を提供してくれることが条件だ。

モナミ もちろんです。

ハカセ そうか、よろしくな。えっと、モナミ。

モナミ こちらこそよろしくお願いいたします。

ハカセ じゃあ早速だけど服脱いでくれる?

モナミ えっ?

ハカセ 君の内部構造見せてよ。ね?

モナミ ねってそんな、急に言われても…。ちょ、ちょっとやめてくださいよ。

ハカセ いいじゃんか、ちょっとだけ。

モナミ イヤですよ、やめてください。

ハカセ そんなに嫌がらなくても…。

モナミ イヤですもん。

ハカセ それはそうとモナミ、今は何年だ?

モナミ はい、本日は西暦2122年9月3日です。

ハカセ 2222年…。俺が冷凍睡眠に入ったのが2112年だから…。

モナミ はい。ハカセは百年間以上眠っておられました。

ハカセ …そういえば、私は地下の冷凍睡眠カプセルに入っていたはず。なのに…(周りをキョロキョロ)

モナミ 私がハカセをこちらまでお運びして差し上げました。

ハカセ なぜ?

モナミ 凍りづけになって寝苦しそうだったので…。

ハカセ いや寝苦しいも何も、冷凍睡眠なんだからそんなことあるわけないでしょ?

モナミ そうですか?

ハカセ 「そうですか」ってお前…。じゃあ、私の目覚めに曲をかけたのはお前か?

モナミ はい、そうです。

ハカセ そうだよな。アルは5歳児並の能力しかないからな、主人の目覚めにクラシックをかけるなどという高等な知性が備わっているわけないもんな。

モナミ アル?

ハカセ こいつさ。「R1」通称アルだ。私がここに来てから作ったアンドロイドだ。専門ではないんだが少々不便な生活だったんでな。

 

ハカセ、アルの背中を触りスイッチを入れる。

 

アル  マスターの起床、および生命反応を確認。自動起動ルーチンに入ります。三十秒後に各可動部分のチェックルーチンに入ります。

モナミ ずいぶん起動に時間がかかるんですね。

ハカセ まぁ…な。

モナミ ボディは何でできているんですか?

ハカセ プラスチックだよ。ところどころガラスも使ってある。

モナミ …。そんなんで大丈夫なんですか。

ハカセ 今までは何とかなってるよ。

アル  OSの起動を完了。各可動部分のチェックルーチンに入ります。

 

右手を上げて「右手よーし!」

左手を上げて「左手よーし!」

とかやって最後足踏みして

「うん、いいね。」

 

アル  全システムの正常動作を確認。通常の作業に入りま…

 

   間

 

モナミ …とまっちゃいましたよ?

ハカセ まぁ、ドンマイ

アル  ハカセ、おはようございます。

モナミ 動いた!

ハカセ あぁ。おはよう。久しぶりだね。体の調子はどう…。

アル  はい。朝食ですね。少々お待ちください。今日のメニューはハニートーストとカフェオレです。

 

アル、はける。

 

モナミ 行っちゃいましたよ!

ハカセ あぁ、あいつはいつもこうだからな。まぁ、作ったのが自分なんだからしょうがないよ。

モナミ しょうがないって…。あんなアンドロイドを使うくらいなら、なぜ市販のものを買わなかったんですか?ハカセにとっては安いものでしょう?

ハカセ あいつはこれでいいんだ。別に贅沢がしたいわけじゃない。

モナミ でも…。

ハカセ それに、今日からは君がここにいてくれるのだろう?

モナミ は、はい。

ハカセ それなら安心じゃないか。

モナミ まぁ、そうですけど…。

 

アル、登場

 

アル  お待たせしましたハカセ。朝食の用意ができました。

ハカセ ありがとう。あぁ久しぶりだな、この蜂蜜まみれのハニートーストとほぼ牛乳のカフェオレ。

モナミ …。

ハカセ ううん噛めば噛むほど歯が痛くなる食感は・・・俗に言う「知覚過敏」?

モナミ 虫歯じゃないですか?

ハカセ 違うよ。

モナミ はぁ…。

アル  洗濯してきます。

 

アル、はける。

 

モナミ あっ、それなら私が…。いってしまった。ハカセ、作り直しましょうか?

ハカセ いや、慣れればこの微かにコーヒーのような香りがするカフェオレも、なかなかのものさ。

でも、確かアルには五百以上のレシピを組み込んだはずだったんだがな…。

モナミ まさか毎日それですか?

ハカセ ま、まぁな。でもなんかかわいくてな、一生懸命で。

自分で作った、それも機械なんかに愛着がわくなんておかしい話だな。

モナミ いえ、いい科学者の証拠ではないでしょうか。

ハカセ そうかな?

 

アル、登場

 

アル  洗濯が終わりました。

ハカセ 早っ!

モナミ しかもそれって僕がさっきやったやつですよね?

アル  いいえ、違います。

 

アル、モナミを突き飛ばす。そして、いすBに座りながら

 

アル  マスター、おなかが空きました。

モナミ しかもやたら態度悪いし。…ちょっとあなた!それでもアンドロイドですか?

ハカセ あぁ、いいんだ。俺ちょっと地下いって燃料とってくるよ。

 

ハカセ、はける。

 

モナミ っていうか、また止まっているし。

…なぜハカセは、あなたのようなポンコツを大事にしているんだろう。100年前にだって、少なくともあなたより使えるアンドロイドはあったはずなのに。それに、ハカセは「プロジェクト」で膨大な富を得たはず。なぜ…。

 

ハカセ、登場。

 

ハカセ お待たせ。はい、アル。

アル  ありがとうございます。

 

ハカセ、ポリタンクみたいのをアルに渡す。

アル、飲み続ける。

 

ハカセ そういえば今世界はどうなっているんだ?

モナミ えっ?

ハカセ 私は「プロジェクト」の第一期が終わってすぐここに来てしまったからね。それにすぐ冷凍睡眠に入ってしまったし。

モナミ あぁ…。えぇ、まぁそうですけど。あの後も食糧難による戦争は起こりませんでした。

ハカセ へぇ、あの統合政府も意外とやるもんだな。

モナミ 実は、月や火星への移住ももう当たり前のように進んでいるんですよ。

ハカセ 本当か!…まぁ100年以上眠っていたんだ。そのくらいのことは仕方ないよな。

でも、なんだか悲しいな。技術に取り残されてしまった。

モナミ その心配はありません。ハカセならきっとすぐに追いつけますよ。

ハカセ そうかな?時代の壁は厚いぞ。

モナミ そんなことはありません。ハカセの頭脳はいつの時代でも通用しますよ。

 

アル、立ち上がる。

 

アル  掃除します。

 

アル、おもむろに雑巾を取り出し掃除を開始。

 

モナミ あれは…。

ハカセ いいのいいの。あいつの好きにやらしておけばさ。それに見てると結構面白いんだよ。

モナミ ハカセは優しいのですね。

ハカセ 「優しい」か…。そんなこと言われるのは、初めてだな…。

モナミ そうなんですか?

 

アル、掃除をしながらはける

 

ハカセ まぁ…ね。機械ならいいんだ。だけど人間はだめなんだ。

モナミ え?

ハカセ 君たちAIはね、自我を持てない。だから、人間のような感情を理解できない。

モナミ 残念ながら、そう…ですね。

ハカセ …私にとっては、それが心地いいんだ。

昔から、人付き合いが苦手でね。友達と呼べる人なんて…(自嘲)

 

   アル、掃除をしながら登場。

   転んだりしながらも懸命に掃除。

   そんな微笑ましい光景を、ハカセとモナミは静かに見守っている。

 

モナミ 話していただけませんか?ハカセのこと。

ハカセ …興味があるのかい?

モナミ いぇ、ご迷惑でないなら…。

ハカセ …うん。いいよ、話そう。いい暇つぶしになりそうだからね。

モナミ お願いします。

ハカセ 私は昔、こんな風に人と話すことなんてほとんどなかった。子供のころからそうだったんだ。勉強だけはずば抜けてできたけど、友達と呼べる奴はいなかった。

 

   アル、掃除中に転んでしまい、そのままフリーズ

   ハカセ、話をつづけながらアルを助け起こす。

 

ハカセ 人とどうやって話していいかわからなかった。

モナミ さびしくはなかったのですか?

ハカセ いや、不思議と寂しくはなかった。自分は生まれたときに人にはない才能をもらえたんだから自分は幸せなんだ。そう思ってた。いや、思い込まされていたんだ

 

   ふたたびフリーズして、同じ動きばかり繰り返すアルを、ハカセが直す。

 

モナミ でも、それが結果的に、ハカセの天才的な能力の元になっているのですよ。それにハカセは周りからもちゃんと評価されていたのでしょう?

ハカセ あぁ。しかし、トップというものは、得てして羨望とともに嫉妬の対象にもなるものだよ。当然、私に進んで近づこうとする者など居なかった。いや、いたのかもしれないが、私は拒絶してしまった。

モナミ 何故です?

ハカセ 彼らが敵だからさ。トップを走り続ける限り、まわり全てが敵だったんだよ。私がその自身を保つためにどれだけ努力したことか…。

モナミ ハカセは生まれながらの天才だと聞いていましたが…。

ハカセ そんな人はいないよ。私は屈折したまま大人になった。子供の頃に死に物狂いで勉強したおかげか、私は当時の最高学府に進学した。…だかな、入学した途端に酷い虚無感に襲われたんだ。正直、何をしたらいいのかわからなかったんだ。

モナミ え?

 

   ハカセ、三度フリーズしたアルの頭を、愛おしそうに撫でながら

 

ハカセ 目標を達成した私には、何も残っていなかった。大学で何を志し、何を学べばいいかが、どうしてもわからなかったんだ!だから私は、自身の虚無感を埋めるために、ただがむしゃらに研究に没頭したんだ。…研究の内容なんてどうでも良かった。私の心にあったのは、「自分が選ばれた優秀な人間だ。だから、世の人々のために何かしてやらねばならない」という、醜く肥大した自尊心だけだった。ただそれを満たすためだけに、様々な研究をし、様々な発明を成し、結果的に社会に大きく貢献したんだよ。そして、後からたくさんの賞や名誉がついてきた。だけど、なんかこう、常に心のどこかに満たされない何かがあった。だから私は、もっと研究してもっとたくさん成果を出せば、満たされない何かを見つけられるんじゃないかと思って、研究を続けた。そんなときに上から「プロジェクト」ぜひとも参加してほしいと声がかかったんだ。

モナミ …「プロジェクト」。第三次世界大戦によって、死の大地となってしまったヨーロッパやアフリカの人々を助けるものでしたね。

ハカセ 正直不可能だと思ったよ。核ミサイルの爆撃によって地形すら変わっていたし、何より、残留放射能によって作物はもちろん、雑草一本すらはえてこない有様だった。文字通り、「死の大地」だった。

モナミ 世界的な環境破壊によって飢餓に陥り、食糧供給が行き詰まってしまった折、ヨーロッパ条約機構がその植民地に対して重税をしいたことが、戦争の原因であったと。

ハカセ ああ。植民地国家が、大国と対等に渡り合おうとした。そのための外交カードにするつもりだったんだろうな。

モナミ 結果として、抑止力が抑止力ではなくなってしまった。

ハカセ あとはお互い仕返しの論理だよ。無数の核ミサイルが飛び交った。私の研究室には、日々現地の被害状況が伝えられてきた。私の仕事は、残留放射能による被害を食い止めることだった。

モナミ 後の、放射能除去システムにつながるわけですね。

ハカセ ああ。私の仕事によって、残留放射能による被害者は日に日に減っていった。

モナミ 素晴らしいことではないですか。ハカセは多くの罪無き人々をすくったのですよ?

ハカセ だが!決して被害者はゼロにはならなかったんだ!

 

   アル、ハカセの声に驚いて、ハカセをなだめる

 

アル  ハカセ、怒っちゃ駄目よ。

ハカセ ああ、すまんな。驚かせてしまって…。

モナミ …仕方の無いことです。当時の科学力では、それが限界でした。

ハカセ 仕方ない…か。私もあの頃はそう考えていたんだ。だがな、それじゃだめなんだって気づいたんだ。

モナミ いえ、当時の科学水準では仕方ないことなんですよ。ハカセは最善を尽くしました。それは歴史が証明しています。

ハカセ いや違う!実際は違ったんだ!私は研究室に引きこもることで、現実を見ちゃいなかったんだ!

モナミ ……。

 

   アル、ハカセの事を伺いながら、掃除を続ける。

 

ハカセ 私の放射能除去システムもおおよそ完成して、被害者の増加に歯止めがかかったとき、実際に現地視察に行くことになったんだ。そのとき…。

モナミ そのとき?

ハカセ 空港から一歩足を踏み出した瞬間、私は自分の目を疑ったよ。

モナミ …。

ハカセ そこに、すぐそこに、少年が倒れていたんだ。愕然としたよ。まだ十歳にもならないくらいの子供だったんだ。でも私にはどうすることもできなかったんだ。そのとき思った。自分の愚かさを。私は今までいったい何やってたのかって…。

モナミ 仕方ないことですよ。

 

   アル、またフリーズしてとまる

 

ハカセ 初めて人に対して何かを感じた。ふと見渡せば、空港の周りには彼のような犠牲者が大勢いたんだ。大勢いたんだよ!どれだけ私が盲目であったことか!

…その後は研究に没頭したよ。もう二度と彼のような犠牲者の姿は見たくないって。人の命を数字で図っちゃだめなんだ。犠牲者はゼロにする!そこに自分の存在価値を見出したんだ。

モナミ それで亜光速機関を…。

ハカセ …ああ。

モナミ あの発明は革命的でした。

ハカセ …ああ。

モナミ 確かに、ハカセの開発した放射能除去システムの稼動によって、被害地域の放射能による被害者の増加には、事実上歯止めがかかりました。

ハカセ 私のシステムは完璧だった。…だが、現地の死亡者数はむしろ増え続けたんだ。

モナミ ハカセのシステムは、放射能から人体を守ることはできましたが、死んでしまった大地には、なんの効果もなかったようですね。

ハカセ 再び私の前に大きな壁が立ちはだかった。

モナミ 資料によると、世界各国から寄付された食料物資は、輸送中に大半が痛んでしまっていたとか。

ハカセ 何処の国もそうだが、当時は世界的に食料が不足していた。寄付にあてられた食料物資は、古くなった非常用備蓄食だらけだった。

モナミ 結局のところ、みんな自分が可愛いってことですね。

ハカセ ああ。私は実際に現地でそれを見た。…異臭がしたよ。

モナミ 醜いですね。人間というものは。

ハカセ そこで、長距離輸送用に新しい動力機関を開発したんだ。あの土地で作物は作るのは、むこう100年近く不可能と言われていた。植林して土壌の回復を待っているあいだにそこに住んでいる人はみな死んでしまう。ほかの場所から、新鮮な食物を輸送する手段が必要だったんだ。もともと傷んでいる救援物資を、当時の飛行機や船で運ぶのではだめだった。もっと速く、大量に、それでいてコストを抑えて輸送する手段が必要だった。

モナミ それを亜光速機関が可能にしたのですね。

ハカセ あぁ。・・・私は考えたよ。あの少年たちは本当に死ななくてはならなかったのだろうかと。地球の裏側では、贅沢を享受する者すらいたというのに。…厭世的になった私は、この島に隠遁し、世の情勢から身を隠した。そして、また同じような悲劇が起きた時のために、冷凍睡眠で眠っていようと思ったんだ。…すまんな、長くなった。まぁ、私の話はこんなものかな?いやしかし、少し長く話しすぎたな。

モナミ いえ。大変興味深かったですよ。

ハカセ そうか?…ちょっと外の空気を吸ってくるよ。100年後の地球の空気をね。

モナミ はい。ごゆっくりどうぞ。

 

ハカセ、アルを気にかけながらはける

 

モナミ 今起こっていることを知ったとき、ハカセはどんな行動にでるのだろう。

アル  え?

モナミ 君には関係ないよ。これはハカセ自身の問題だ。

 

アル、掃除を再開する。

雑巾を持って不穏な動き。

 

モナミ ……ねぇ。さっきからず〜っと気になってるんだけど、あなたはなにしているの?

アル  掃除です。

モナミ 掃除?掃除って・・・本当に効率の悪い掃除ですね。

アル  そんなことないもん。

モナミ 掃除っていうのはこうやってやるの。

 

モナミ、アルの雑巾を取り上げ実際に動く。

 

モナミ …。とにかく、はやく終わらせましょう。

 

二人で掃除をする。

 

アル  もなみ(発音が変)さん、ひとつ聞いてもいいですか?

モナミ もなみではなくモナミ。何?

アル  楽しいですか?

モナミ 何が?

アル  ハカセと話してて楽しいですか?

モナミ 楽しいという感覚は、AIには無いよ。君にも分かるだろう?なんでそんなこと聞くの?

アル  さっきのハカセ。悲しそうにしていたけど、ちょっと嬉しそうだった。ハカセがあなたと話していて楽しいなら、あなたもハカセと話していて楽しいんじゃないかな?うん。いいね。

モナミ …。理解しがたいですね。あなたの思考回路。壊れてるんじゃないですか?

アル  僕、難しいことはわからない。でもね、少しずつだけど、大事なことには気づけるようになってきたんだ。いまはただ、それが嬉しい。

モナミ ……。

 

ハカセ、登場

 

ハカセ いやぁ、100年たってもやっぱり地球は変わらないねぇ。

モナミ そう、感じられるのは幸せなことですね。

ハカセ それにしても珍しいね。アルが話すなんて。もともと、私ともあんまりしゃべらないのに。

モナミ そうなんですか?

ハカセ うん。やっぱりアンドロイド同士、相性がいいのかな?

アル  それはないと思います。

モナミ 即答ですか!?しかも、あなたが言わないでください!

ハカセ ははは、アンドロイド漫才かな?

モナミ ハカセまで何言ってるんですか!

アル  あはははは。

モナミ あなたも笑わないでください!

アル  良いのです。

モナミ 何が?

アル  …

ハカセ いいじゃないか、どうでも。

 

SE 上空を通り過ぎるミサイルの音。

可能なら一瞬照明に色。

アル、モナミ、システムダウン。

 

ハカセ うわぁぁ!!

…何が起こったんだ。…あっ、モナミ!アル!どういうことだ…。

モナミ 亜光速機関の電磁波によってコンピューターに異常発生。再起動します。

ハカセ 亜光速機関…。そうか、今の音…。

モナミ 再起動完了。通常の動作に入ります。

    あっ、ハカセ!大丈夫ですか!

ハカセ 私は大丈夫だ。だがアルが…。

モナミ 電磁波の影響でコンピューターがかく乱されたのです。ですが今のは非常に軽いものです。すぐに復帰するでしょう。

ハカセ そうか…。なぁ、モナミ…。今のはいったいなんなんだ?

モナミ ……。

ハカセ 輸送船か?

モナミ …。

ハカセ 俺の記憶が正しければ、輸送船なんてここの上空は通らないはず…。モナミ、本当のことを教えてくれ…。輸送船なのか?

モナミ …。いえ、確証はありませんが92パーセントの確率で亜光速機関を搭載したM8大陸間弾道ミサイルだと思われます…。

ハカセ モナミ、さっきお前はあれ以来戦争は起こっていないといっていたな…。

モナミ はい…。

ハカセ 戦争のない平和な世界で、ミサイルは飛び交うものなのか!?

モナミ いいえ…。

ハカセ なぜ、嘘をついた!!

 

ハカセ、モナミに食ってかかる。

その拍子にアル、フリーズから覚醒

 

モナミ 私は嘘はついていません。

ハカセ どういうことだ?現に戦争が起こっているじゃないか!

モナミ この戦争は食料をめぐる戦争ではありません。少なくとも「プロジェクト」はうまくいっていました。

ハカセ どういうことだ?

モナミ ハカセが永い眠りについている間。様々な技術が、日進月歩の勢いで発展しました。

    あの死の大地も、三十年前に不完全ではありますが、復活を遂げました。

    その間、たとえうわべだけでも助け合い、人々は生き抜いてきました。

ハカセ だとしたら、何故!!

アル  ハカセ、怖いよ…。

ハカセ アル…。

モナミ 戦争の発端はプロジェクトの事後処理にありました。

ハカセ ……

アル  ……(心配そう)

モナミ ヨーロッパ及びアフリカが、復活を遂げるまでに70年間という時間を要しました。

    その間、他の様々な国家が統合政府の要請から、復興の支援をし続けました。

ハカセ 皆、助け合うことができたんだな。

モナミ 一応は…ですけどね。大きな国も、小さな国も、みな痛み分けと言いますか…。

ハカセ ……

モナミ 事の発端は、復興をほぼ完遂した30年前にあります。

    70年もの間、人の手が殆ど及ばなかった大地は、死の大地から緑の大地に生まれ変わりました。

 発電所も、工場も、ビルも道路も無い大地は、文字通り緑の木々に溢れ、水は澄み渡り、かつて滅びかけた動物達が再び躍動するまでになりました。

アル  僕、行ってみたいな♪

ハカセ 素晴らしいことだ…。…だが。

モナミ ええ。そこに目をつけたのが、復興にあたって支援をし続けていた統合政府の諸国だったのです。

ハカセ やはり…

モナミ 支援した分だけ、搾取しておきたいという思惑があったのでしょう。

    支援国家たちは、その間で復興後の醜い利権争いをはじめてしまいました。

    …自分達で勝手に国境を築き、勝手に植民地としました。

ハカセ それでは!

モナミ ええ、かつての二の舞です。

ハカセ 愚かな…

モナミ 無理もありません。資源を搾取し続けてきた人間の前に、70年もの長きにわたり人の手が及ばなかった緑の大地が現れたのですから。

ハカセ それでは、もともとの住民は!

モナミ 良いとばっちりですね。

ハカセ しかも、故郷を土足で踏みにじられてまで!

モナミ ええ、ですから、彼らも立ち上がったのです。

アル  え?

モナミ 彼らは各地で抵抗を試みました。ですが、統合政府各国は、大量の核兵器を使って本格的に侵略をし始めたのです。

ハカセ そんな!でもそれでは地球は!

モナミ ええ、そうです。最早、地球上の殆どの地域では進行しすぎた環境汚染から、人間が住み辛い環境となってしまいました。ですから、人間達は地下深くに作ったシェルターに引きこもり、ボタンひとつで戦争を続けました。

ハカセ せっかく再生した緑の大地が…。再び荒らされることになるとは…。それで、ヨーロッパは!?アフリカは!?

モナミ 彼らは、亜光速機関に目をつけました。

ハカセ 何だと!?

モナミ ハカセの開発した、亜光速機関ですよ。

ハカセ そんな、馬鹿な!?私の発明が…兵器だと!!

モナミ ええ。従来のロケットエンジンの数百倍の出力を誇る亜光速機関は、核ミサイルを超高度で迎撃することを可能にしました。

ハカセ そんな…

モナミ また、亜光速機関の駆動時における電磁波の乱れが、コンピューターをかく乱することが分かったのです。

ハカセ そんな…

モナミ 核は無用の長物となり、歴史の闇に消えていきました。そして、新たな抑止力としての亜光速機関が台頭したのです。

ハカセ ふざけるなぁ!!

モナミ いたって真面目ですよ。ハカセの亜光速機関が搭載されたミサイルなどの兵器は他国の領土に雨のように降り注ぎました。

ハカセ 誰だ!!そんな事をしたのは誰だ!!

アル  ハカセ…(ハカセをなだめる)

モナミ 電磁波の乱れは、アンドロイドのコンピューターだけではなく、地中深くにあるシェルターの制御装置まで狂わせました。

ハカセ あぁ……。

モナミ どうなったと思います?ライフラインを絶たれたシェルターで、逃げ場も無く、多くの人々が死にましたよ?

ハカセ うわぁぁぁ〜〜〜!!

アル  ハカセっ!!しっかりして!!

モナミ あとは、歴史を繰り返しただけです。やられたらやり返す。

…悲劇が悲劇を呼び、悲しみの連鎖は今日までとめどなく続いてきました。

ハカセ そんな!そんなぁぁ〜!

モナミ ま、どんなに技術が進歩しても、結局、人の心は進歩していなかった…というこですね。

ハカセ あぁぁ……。

モナミ あんなに嫌っていた戦争に、自身の発明が兵器として使われるとは。

    しかも、結果的に多くの人命を奪った!……まったく、皮肉なものですね。お察しします。

ハカセ なぁ!教えてくれ!!私は正しかったのか!?

    私はただ、人を救いたかっただけなんだ!それだけだんだよ!!

    なのに……。なのに!!

モナミ いえいえ、ハカセは多くの人を救いました。

    アフリカやヨーロッパからはハカセは英雄とされています。

ハカセ だが!!

モナミ ええ。統合政府からは、多くの人命を奪った発明家として、「悪魔」なんてよばれてますね。

アル  ハカセは悪くないもん!

モナミ 見方によっては…ですけどね。「正義」や「悪」に代表されるような概念は、得てして常に二面性をともなうものですよ。

ハカセ ああ……。私…私は!私はどうすればいい!!

モナミ 早く荷物をまとめてお逃げなさい。もうじき、ここにも統合政府の手が及びます。

ハカセ そうじゃない!このままじゃ被害者が増える一方だなんだ!

    どうにかしないと…。私がどうにかしなきゃならないんだよ!!

モナミ …もう、ハカセは何もしない方が良いと思いますよ。

ハカセ 馬鹿なことを言うな!戦争に使われるくらいなら、あんな発明、ぶち壊してやる!!

モナミ これだから人間は、感情で動いてしまう。いいですか、もう少し利口になりましょうよ。

ハカセ 何だと!!

 

  ハカセ、モナミにくってかかる

  アル、ハカセをなだめる

 

アル  ハカセ、乱暴は止めて!

ハカセ …すまん。

モナミ 確かに、ハカセなら現状を打開する発明を作り出すことができるかもしれません。そのことで、犠牲者を減らすことができるかもしれません。

ハカセ なら!

モナミ ですが!人間は不器用なんです。同じ過ちを繰り返すんです!それは歴史が証明していることでしょう?もしここでハカセがうまくやっても、結果的に別のところで被害者がでるだけなんです!

    亜光速機関だってそうだったでしょう?

ハカセ 煩い!

モナミ みんな自分達がしていることが間違っている事ぐらい、わかっているんです。ですが、自分からは何も変えようとしない。何かを変えようとするには、痛みを伴うんです。それを避けているんです。

    それが、自分達の責任を放棄してシェルターに逃げ込んだ、人間たちの習性なんです!

ハカセ でも、やってみないとわからないじゃないか!!

モナミ …人間は、アンドロイドじゃありません。ゼロとイチ、イエスとノーだけの回路なんて持ち合わせていないんですよ!だから難しいんです。だから分かり合えないんです。悲しい過ちを何度でも繰り返すんです!…ですが、ですがそれゆえに素晴らしい存在なんです。自我を持ち、多様な固体が存在する。たとえ少しでも、互いに理解しあい、愛し合あえる可能性だって持ってるんです!

アル  もなみさん…

モナミ 私には「愛」も「悲しい」も「怒り」も「嬉しい」も分かりません。アンドロイドだからです。

    死ぬことも出来ません。「死」という概念がありませんもの。ただ壊れるだけです。

    ですが、今ひとつだけ…ひとつだけ理解することができました。

    「うらやましい」です。わたしは人間が羨ましい。あらゆる可能性に満ち溢れた、愚かで、愛すべき人間。

    私は、未来という可能性に満ち溢れたハカセが羨ましいんですよ!

ハカセ ……。

 

   間

 

モナミ …失礼しました。少し取り乱しました。

ハカセ 大丈夫か?

アル  だいじょうぶ??

モナミ ・・・とにかく!はやくここをお逃げなさい。もうじき、統合政府があなたを殺しにやってきますよ。

ハカセ え!?

モナミ 統合政府は、あなたに亜光速機関に対抗しうる兵器を開発させるつもりです。

ハカセ そんなことするものか!

モナミ ええ。そうだろうと思いました。だとすると、ハカセはここで消されますよ。

    連中は、ヨーロッパやアフリカにハカセを行かせるわけにはいきませんからね。

ハカセ …そうか。

モナミ 外の空気をすっておきなさい。最早、地球上で人間がまともにすえる空気は、この島ぐらいにしかありませんからね。

ハカセ ……。

アル  ハカセ、顔色悪いけどだいじょうぶ??

ハカセ 心配かけてすまないな、大丈夫だよ。

モナミ さぁ、今のうちに早く逃げてください!

ハカセ あ、あぁ・・・・

モナミ 何をしているんです?急いで!

    島の西側に一人用のロケットがあります。私がここまで乗ってきた物です。それで脱出してください。

ハカセ 一人乗り?それじゃあアルは!?…それに、モナミは??

モナミ この際諦めてください。あなたの命の方が大切です。私はどうとでもなりますし。

アル  ハカセ、行っちゃうの??僕、ハカセと一緒にここに居たいな。

ハカセ …嫌だ。私は行かない。私はこの子を置いてはいけないよ。

モナミ この期に及んで何を言っているんですか!?

ハカセ この子は置いていけない。

モナミ ハカセが作ったとはいえ、ただのアンドロイドでしょう?

ハカセ 違うんだ。ただのアンドロイドなんかじゃない。

    100年前、私が戦争の被害地域のあの少年に似せて作った。…いや、私にとってこの子はあの少年そのものなんだ。機械のような私に、人間としての心をくれた、あの少年なんだ!

モナミ ……。

ハカセ 彼を助けられなかった。私はこの事実を一生忘れるわけにはいかないんだ。アルは…。アルはそのために、私とずっと、死ぬまで一緒にいてもらわなければならないんだ。

アル  ハカセ…

ハカセ 心配させてごめんな。私はもう、何処へも行かないよ。

モナミ どうしても、ですか?

ハカセ ああ。私はアルと一緒にここでひっそりと暮らすよ。

モナミ そうですか……。

アル  ハカセ…ずっと一緒だね。

ハカセ ああ。ずっと一緒さ…。

モナミ アルさん。ハカセの顔色が悪いから、ちょっとお茶を汲んできてくれませんか?

アル  え?…うん。

 

   アル、はける。

   ややあって、モナミ懐から拳銃をとりだし、ハカセに銃口を向ける。

 

ハカセ やはり、君は統合政府のアンドロイドだったか。

モナミ 気づいていたんですか?

ハカセ ああ。ミサイルが飛んできた時、君がシステムダウンしただろ?

    そのときに、君の首筋に統合政府の国章が見えたのでね。

 

   モナミ慌てて首筋を押さえる

 

モナミ そうですか…。残念です。

ハカセ なぁ、モナミ。私たちをそっとしておいてはもらえないか?

モナミ 難しい注文ですね。答えはノーです。任務ですから。

ハカセ なら、何故さっきは逃がそうとしたんだい?

モナミ あれは…

ハカセ 私たちを、そっとしておいて欲しいんだ。

モナミ 出来ません。…私も、そうしたいのですが、できません!先ほど逃げていてくれれば、よかったのに!

    ハカセは…ハカセは、本来私が理解できないはずの感情を教えてくれました。先ほどの叫びは、恐らく私の本心です。変な話ですが、私も「ココロ」に近いものを体得できたのかもしれません。

    それもハカセのおかげです。…ハカセが羨ましいんです。未来への可能性に満ち溢れている。

    ハカセの話を聞いていたら、もしかしたらハカセなら未来を変えられるかもしれないという考えが、私の中に現れたんです。だから、逃がしたかった!私の任務中の不注意で取り逃がしたことにしたかったんですよ!!

ハカセ モナミ…

モナミ ですが、仕方ありません。

ハカセ …ああ、覚悟はできたよ。……一つだけ、約束してくれるかな?

モナミ 何ですか?

ハカセ アルのことなんだが。

モナミ はい。

ハカセ アルを、そっとしておいてやってくれ。ひっそりと、壊れるまで。

モナミ 分かりました。

ハカセ ありがとう。

モナミ …私からも一つ、いいですか?

ハカセ なんだい?

モナミ ……。

ハカセ ……。

モナミ …ありがとうございます。

 

   SE銃声。

   暗転。

ハカセ、倒れる。

大音響

 






「愛してっ!!」、最後まで読んでいただきありがとうございます。
この脚本も他の作品と同様、何度も修正を加えた末完成した脚本です。

そこで、おまけとしてこの脚本の第一稿を載せておきます。
ラストシーンなど時間の関係で伝えきれなかった僕らの魂の叫びが込められていますので是非ご覧下さい。
最後まで読むといいことが・・・あるかも。。

「愛してっ!!第一稿」