「輝ける者達へ」

 

 キャスト

木檜 部活入部拒否の新入生。

大嶋 帰宅部に情熱を注ぐ帰宅部部長。

草間 帰宅部副部長。情熱は注いでいるようだが……

用務 学校の用務員。帰宅部部員が好き。

 

大嶋、草間、用務が後ろを向いている。「カバディ、カバディ、カバディ、カバディ……」と言う。木檜、下手から怯えながら走って上手に掃ける。徐々に声、小さくなる。木檜、上手から舞台前方へ走ってくる。

 

木檜 ……どうにか撒いたか……何なんだこの高校は……入学して早々、部活の勧誘が激し過ぎないか……?…やっぱあんな理由で入るんじゃなかったかな……(再び「カバディ、カバディ、カバディ……」、段々大きくなっていく。)…ん?……うわ、もう来た!!

 

木檜、下手に掃ける。声、小さくなる。大嶋、下手に掃ける。舞台後方、C・I。帰宅部の部室(体育倉庫)の中。下手が出入口。草間と用務が話している。草間が座っており用務はゴミ箱のゴミを回収している。

 

草間 俺は中学併設には反対ですね。そんなことしたら馬鹿が更に増えてしまいます。

用務 そうかい?私はその辺りがよく分からないんだけどね。

草間 用務員は直接授業には加担しませんからね……ですけど噂では聞いたことあるでしょう?この高校の進学率が低いっての。

用務 確かにそう言われているようだね。でもいいところ行ってる人はいいところ行ってるようじゃないか。東大とか上智とか。

草間 そうですけど、悪いのは平均的にですよ。元々ここ、進学校でしたよね?それが何で高校受験案内で下の方のランクで載ってるんですか?

用務 それは私に言われても分からないよ。

草間 ですよねぇ…。

用務 やっぱり、ここ部活が盛んだからさ、そっちの方に力が入って勉強にまで手が回らないんじゃないかな?

草間 ああ、なるほど……。

用務 ところで、最近部活はどうなの?

草間 ああ、それが勧誘はちゃんとしてるんですけど、人が全く入ってくれなくて。このままだと……。

用務 大会に出られない、か。

草間 あ、いえ、一人入ってくれたからもう三人にはなって大会の規定は満たしているんですよ。

用務 なら、良いんじゃないのかい?

草間 今日みたいに一人休みだと、大会出られない状況なんですよ。最低でもあと一人は欲しいんです。

用務 なるほどねえ。

草間 もう一時間くらい前から部長が勧誘やってますけど、全く来ません……やり方が悪いのかな……。

用務 部活が部活だからねえ……。

草間 部活が部活って……ちゃんとした部活じゃないですか。

用務 いや、内容がしっかりしてても、やっぱり名前からして入ってくれる人も少なそうだし……。

草間 それは分かってるんですけどね。如何にも変わり者の集まりっていう感じの……。

用務 まあ、それは言えるだろうね。

草間 それでも、ちゃんとした部活なんですよ。活動はちゃんとやってますし。

用務 活動というのは大会に向けてのだよね。

草間 はい。あと三ヶ月ですからね。

用務 練習はちゃんとしているのかい?

草間 はい、練習…というか鍛錬は毎日やってますよ。

用務 大会出れば良い実績残せるぐらいに?

草間 勿論。だからこそ、一人欠席して大会に出られないということはどうしても避けたいんですよ。

用務 でも、勧誘も難しいだろうなあ。さっきも言ったけどこの高校部活盛んだし。

草間 そうなんですよね。やっぱり他の部活の勧誘が強いんだと思います。

用務 例えば?

草間 カバディ部とか。あそこは何も言わなくても勝手に入る人までいるみたいですね。

用務 それにも関わらず勧誘の手を緩めない彼らはある意味脅威だね……。

草間 あそこは凄いですからね。去年も関東大会ベスト4まで勝ち抜きましたし。

用務 それで、この部の去年の実績は?

草間 それに関しては、触れない方向で宜しくお願いします。

用務 あ、触れちゃいけなかった?でも今年は良い実績を残すつもりなんだね。

草間 はい。今年は優勝して上の大会に行ってみせます。

用務 でも、その為にはとりあえず新入部員を獲得しないとね。

草間 三人だけだと辛いですからね。

用務 やっぱり、こっちもそれなりにインパクトのあるやつをやらなきゃいけないんじゃないかな。

草間 そうですよね……。

用務 この部活を活かした何かって無いの?

草間 …言われてみれば……何も無いですね……。

用務 確かにそうだね……。

草間 新入部員の秋元ならデザートイーグルで何か出来ると思うんですけど、そうすると射撃部と被るんですよね……。

用務 デザートイーグル?何それ?

草間 銃の一種で、物凄く反動が強いんです。どうやって片手で使ってるんだろう……。

用務 なるほど、銃か。……ところで、大嶋君遅くないかい?

草間 確かにそうですね……まだ勧誘してるのかな…ちょっと見てきます。

 

 木檜、下手から入ってくる。草間と用務、木檜の方を向く。

 

木檜 …ここまで来れば大丈夫だろう……あれ?

用務 彼?そのデザートイーグルを使いこなす新入部員ってのは。

草間 いえ、違います。そもそもそれは女子生徒ですし……まさか、君は入部希望!?

木檜 入部?

草間 ようこそ帰宅部へ!君のような新入生を待っていたよ!

木檜 え?今何て?

草間 君のような新入生を待っていたよ。

木檜 いや、その前。

草間 ようこそ帰宅部へ。

木檜 帰宅部…?

草間 さあ、早くこっちへ!俺達は君を歓迎するよ!

木檜 ちょ、ちょっと待ってください!帰宅部って……。

草間 帰宅部は帰宅部だよ。それ以上でもそれ以下でもない。

木檜 というか、さっき入部希望とかなんとか言ってましたけど、ここは何なんですか?

草間 だから、ここは帰宅部の部室で、君は帰宅部への入部に来た。そうだろう?

木檜 ちょっと待って下さい!ここって体育倉庫ですよね?

草間 だけど、帰宅部の部室でもあるんだ。

木檜 何勝手に占拠してるんですか!?しかも帰宅部に部室!?何でそんなのあるんですか!?おかしいでしょう!?

草間 おかしいですか?

用務 さあ…?

木檜 いや、おかしいでしょう!?

草間 帰宅「部」なんだから部室があるに決まってるじゃないか。それに、ちゃんと許可は取ってるから部室として使えるんだよ。でしたよね?

用務 ああ、間違いないよ。

草間 ほら、用務さんが言ってるんだからここは帰宅部の部室に間違いないんだよ。

木檜 帰宅部って帰るだけで何の部にも入ってない人のことでしょう!?

草間 いやいや、帰宅「部」とあるんだからこうして部活があるじゃないか。で、君も帰宅部に入部するわけだ。

木檜 嫌ですよ!僕は部活には入らないって決めてるんですから!

草間 まあまあ、ここまで来て恥ずかしいってのは分かってるからさ。

木檜 だから入りませんって!

草間 君は入部希望じゃないのか?

木檜 違いますよ!

草間 なら何でここに来たんだ?ここが帰宅部の部室だからだろう?

木檜 違いますよ!僕はただ勧誘から逃げてきただけなんです!

草間 なら今ここで帰宅部に入部してしまえば、もう勧誘されないだろう?

木檜 僕は部活には入らないって言ってるでしょう!?特にこんな訳分からない部活には!

草間 訳分からないとは失礼な!

木檜 じゃあ何やってるんですか?

草間 ああ、それは……。

用務 あ、じゃあ、そろそろ私は仕事に戻るよ。邪魔しちゃ悪いし。

草間 お疲れ様です。

 

 用務、下手に掃ける。

 

用務 あ、大嶋君。(掃けてから)

 

大嶋、下手から入ってくる。

 

大嶋 …今日も駄目だった……このままでは全員が固定メンバーに……ん?草間、彼は?

草間 部長、お喜び下さい。今年度二人目の新入部員です。

大嶋 おお!遂に入ってくれたか!ようこそ帰宅部へ。私は帰宅部部長、大嶋という者だ。そして、君の名は?

木檜 あ、木檜っていいます……って待て!!

大嶋 どうしたんだね?

木檜 どうしたもこうしたも、まだ入るとは言ってませんよ!

大嶋 しかし君がここにいるということは帰宅部に入部する意思がある故、違うかね?

木檜 いや、ただ逃げこんだだけですよ。

大嶋 逃げ込んだ?誰かに追われていたのか?

木檜 カバディ部の勧誘ですよ。

大嶋 カバディ部か。しかし何故逃げるのだ?

木檜 カバディカバディ言われながら追いかけられたら、そりゃ逃げたくもなるでしょう?

大嶋 そうか、それは災難だった。それで、帰宅部に入部すればもう勧誘されない、ということか。うん、賢明な判断だ。

木檜 だから入りませんって!

草間 木檜君は恥ずかしいのでしょう。部長、これは行けます。

大嶋 よし、草間、ガイダンスを行おう。

草間 了解致しました。話は長くなる。座るといい。

木檜 そんなの聞きませんよ!入らないんですから!

大嶋 聞いて誰かが死ぬわけではないだろう?

木檜 そりゃそうですけど、僕は急いでるんです!

大嶋 カバディ部からの勧誘から逃げる為か?それなら心配ない。その程度の輩なら草間でも撃破可能だ。

木檜 いや、撃破って何!?とにかく、僕はもう行きますよ?

草間 数分くらい良いじゃないか。それにこのガイダンスを聞けば考えも変わるだろうし。

木檜 誰に何と言われようが、僕は絶対に入りません。僕は部活には絶対に入らないことにしてるんですから。

草間 ほう、なら別にこのまま聞いて行っても良いじゃないか。考えが変わらないなら。

木檜 分かりましたよ気持ち悪い、聞けばいいんでしょう?

大嶋 ……とりあえず、改めて紹介しよう。私は部長の大嶋、そして彼が副部長の草間だ。

草間 もう一人一年で秋元という女子生徒がいるんだが、風邪をこじらせてしまって今日は欠席している。

大嶋 まず、帰宅部とは何か。それから説明しなければならないな。

木檜 授業終了後速やかに下校する生徒のことでしょう?

大嶋 木檜少年の言うことはあながち間違いではない。しかしそれだけではない。分かるかね?

木檜 いえ、さっぱり。

大嶋 まあ、最初は分からなくとも問題ないだろう。

草間 帰宅部というのは、全国帰宅部連盟の管轄の下に活動を行う、最も漢(おとこ)さとヘタレさが象徴される部なんだ。

木檜 どっちですか。

草間 活動内容は、

木檜 また変なこと言いそうだな……。

草間 とにかく素早く帰宅すること。

木檜 普通だよ。

大嶋 普通?まさか。如何に移動距離を短縮するか、如何に障害を素早く取り除くか。

草間 その他諸々の研究があって成り立つのだからその努力は

二人 尋常ではない。

木檜 障害って何ですか障害って。

大嶋 では、説明しよう。例えば信号。

草間 信号。ここで止まると大幅なタイムロスとなる。

大嶋 心臓破りの坂。

草間 強靭な体力と精神力が無ければ越えられない壁だ。

二人 そしてショッカー!

草間 彼らに絡まれると非常に厄介なことになる。

木檜 どういうシチュエーションですか!?

草間 とりあえずここでは、ショッカーを例として挙げてもらおう。部長、お願いします。

大嶋 うむ。確かに彼らは非常に厄介だ。しかし、対処法さえ分かっていれば突破は造作も無いことだ。

木檜 突破って何ですか……。

大嶋 その対処法は帰宅部員の数だけあると言っても過言ではない。

草間 例えば、今日は残念ながら欠席しているが、秋元の場合はデザートイーグルを構えて威嚇射撃。これで大抵は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

木檜 そんなもん何処で手に入れたんですか。

大嶋 ここまで聞いて分かったとは思うが、帰宅にはありとあらゆる技術が必要とされる。つまり、木檜少年が今日まで生きてこられたのは運が良かった者の内の一人という単純な理由なのだよ。

木檜 そうだとしても認めたくないです。

草間 帰宅部に入部すると正しい帰宅技術が身に付くんだ。これは便利。パスネットより便利。

大嶋 それだけではなく、大震災によって壊滅し、邪悪な武闘家が蔓延し混沌の渦に巻き込まれた日本で生き延びることが出来るようになる!

木檜 大震災の後何があったと言うんですか!?

大嶋 そして極めつけは……。

木檜 今度は何なんですか……。

大嶋 可愛い女の子にもモッテモテだ!!

木檜 その手の話に持ってくのか……。

草間 どうしたんだい?

木檜 …僕、中学時代にそう言われて、サッカー部に入ったんですよ。

大嶋 ほう。

木檜 サッカー部に入った途端、一気にモテ始めましたよ。

草間 それは良いことじゃないか。

木檜 僕の周りだけ。

大嶋 ……。

木檜 だから、もうそんな甘い言葉には釣られません。そもそも、帰宅部なんかでモテるわけが無  いじゃないですか。

大嶋 そんなことはない。私はいつでもモッテモテ……

 

 携帯の着信音。

 

大嶋 …失礼。

 

 大嶋、携帯を取り出し通話。

 

大嶋 もしもし…おお、恵美ちゃん。どうしたんだい?……え?……だからあれはストーキングじゃないって!……分かった分かった、じゃあ月三回に減らすから。…え、違う?……じゃあ月一回……え?……パンツなんて盗んでないって!ブラジャーだけ!…あ、違う違う、違うんだ!……え、訴える!?いや待って!落ち着いて!それだけは勘弁して!もうブラジャー盗まないから!だからお願い、許し……て……。

 

 木檜、唖然としている。大嶋、木檜を見る。

 

木檜 ……モテモテ?

大嶋 ……。

 

 大嶋、電話をしまう。

 

大嶋 さて、ガイダンスの続きをしようじゃないか。

木檜 え〜。

草間 俺達は決して日々の鍛錬を忘れることは無いんだ。それは何故か。そう、日本高等学校帰宅部全国大会の為なんだよ。

木檜 大会?

大嶋 そう、そこでは全国から各地方の精鋭達が集結し、激しい戦いを繰り広げる。

草間 正に帰宅部員たるもの、一度は必ず憧れの象徴となる場所……おっと、鼻血が。

大嶋 我々は大会に備え日々鍛錬を続けた。しかし、この高校は他の部活が非常に盛んだ。

草間 今までは部員が足りなかったとか色々な理由で出場は出来なかったんだ。

大嶋 今まで大変だった。入学式の時から新入生を誘っては断られ、誘っては断られ、結局入ってくれたのが秋元たった一人……。

草間 大会の規定は三人以上となっているから確かにこのままでも出場は可能なんだ。でも当日に一人でも欠席してしまってはそこで失格になってしまう。

大嶋 その為それを補強出来るようにする必要があるのだ。そんなときに現れた救世主が木檜少年、

二人 君だ!!

木檜 そんなこと言われても、繰り返し言いますけど僕は部活には入らないって決めてるんです。

大嶋 ……しかし分からないな。

木檜 何がですか?

大嶋 君はどうやら部活を嫌っているようだ。その理由も知りたいところだが何故こんな部活が盛んな高校を進学先に選んだんだ?

木檜 ……偏差値が丁度自分のレベルに合ってたからですよ。それ以外に理由なんてありません。

大嶋 …まあいい。この話は置いておくことにしよう。ともかく、木檜少年が入ってくれれば部員数は四人となる。

草間 そう、例え一人部員が欠席してしまっても大会には出場可能となるんだ。さあ、

二人 我々と共に栄光の道を歩まないか?

木檜 だから、何度も言いますけど入らないって言っているでしょう?……もうガイダンス終わりましたよね。それじゃ。

 

 木檜、下手に掃けようとする。大嶋と草間、後ろを向いて「カバディ、カバディ、カバディ…」。段々大きくなる。

 

木檜 来た!!

大嶋 ふん、あのような輩、撃破するのは造作も無い。草間、行くぞ。

草間 了解致しました。

 

大嶋と草間、掃ける。

 

木檜 ……もしかして、開放された……?

 

木檜、掃けようとする。が、そこへ用務が入ってくる

 

用務 あれ、帰るの?

木檜 当たり前ですよ、こんなところいても疲れるだけですよ。何なんですか、この部活は?

用務 面白いでしょ、あの二人?

木檜 面白いって…ただの変人じゃないですか。

用務 変人、ね。まあ確かに。人から見れば帰宅部は変わり者の集まりだね。

木檜 ですよね。一体何が楽しいのかさっぱり分かりません。

用務 全くだよ。一体何が楽しいんだか……だけどね、彼らはただの変なやつらじゃないってことを分かっていてもらいたいんだ。

木檜 ただの変なやつらじゃないって…どういうことですか?

用務 彼らは彼らなりに一生懸命なんだ。

木檜 一生懸命?あんな訳分からないことやってて?ただ迷惑なだけじゃないですか。

用務 確かに迷惑なだけかもしれないけれど、彼らは彼らなりに必死なんだよ。だからそんな彼らのことをあまり悪く思わないで欲しい。

木檜 悪く思うなって言われたって……それに何でさっきから、そんな庇うんですか?

用務 何かね、彼らといると何か心地良いんだ。

木檜 また何でですか?

用務 彼らの一生懸命な行動を見ていると、心がスッキリするんだよ。

木檜 どういうことですか?

用務 ん〜、なんて言えばいいのかな、彼らはさ、彼らなりの情熱を持ってこの部活を続けているんだ。そりゃ、その情熱は他の人から見れば下らないことかも知れないけれど、でもそれに対して彼らは、自分のやりたいように取り組んでいるんだ。そういうのって何だか、見ていて気持ちよくないかい?

木檜 いえ、全く思いません。

用務 …彼らのことを見ていると何だか、私が昔出来なかったことをしているみたいでさ。

木檜 どういうことですか?

用務 私は、一つのことに情熱をかけることってなかったから。

木檜 ……。

用務 わからなかったんだよね。あの頃の一分一秒がどんなに大切なものなのかって。何にも縛られずに自分の好きなことができたあの頃が。その大切さに今更気づいちゃうんだから皮肉なもんだよ。

木檜 ……。

用務 でも、彼らは違う。彼らは情熱をかけられるものがある。今しかできないことを精一杯やっているんだ。

木檜 あんな下らないことやっていて、何が楽しいんでしょうか?

用務 私が言ってるのは内容のことじゃなくて、何か一つのことに情熱をかけてる彼らをわかってあげて欲しいってことなんだよ。

木檜 僕はそんな、無意味なことはしませんよ。素早く帰って、将来何の意味があるんです?

用務 そりゃ無いと思うけど……。

木檜 そんな将来に繋がらない、意味の無いことなんかやってないで、将来に繋がる意味のあることをやっていった方が良いに決まってるじゃないですか。

用務 そんなことないよ。

木檜 だって、無駄でしょう?そんなことしてても。

用務 ううん、無駄じゃない。少なくとも、その何かにかけた情熱は、決して無駄にはならないよ。

木檜 ……。

用務 まぁ、偉そうに長々としゃべっちゃったけど、結局は私は彼らが好きなんだよ。

木檜 え?

用務 こんな下らないことに情熱をかける彼らがさ。ただそれだけの理由で、彼らと一緒にいるんだけどね。

木檜 ……僕は嫌です。

用務 ん?

木檜 一つのことに情熱をかけるなんて、僕は嫌です。そうすると、周りが全く見えなくなるじゃないですか。

用務 見えなくなる?何で?

木檜 一つのことに集中すると、どうしても他のことが疎かになっちゃうじゃないですか。それがどんどんひどくなっていって、その内周りが見えなくなってしまうんです。

用務 ……。

木檜 それで、それを失ったら、何も残らないじゃないですか。他に何も無いんだから。

用務 ……。

木檜 だから、一つのことをじゃなくて、最初から色んなことを満遍なくやって、無難に勉強して、無難に就職して、無難な人生を送るのが一番じゃないですか?

用務 そういうのが一番いいって言う人もいるかもしれないね。

木檜 そうしていれば、もうあんな思いをしなくて済むし……。

用務 あんな思い?何があったんだい?

木檜 …そんなことを知って、どうするんですか?

用務 別にどうもしないさ。ただ少し気になっただけ。…話したくないなら別に良いんだけど。

木檜 ……中学時代、僕はサッカー部に入ってたんです。

用務 昔は部活に入っていたんだ。

木檜 でも、別に本気でサッカーがやりたくて入ったわけじゃなくて、その……よくあるモテたかったから、というやつです。

用務 なるほどね。

木檜 もちろん、そんな軽い理由でどうにかなるかといったら当然違って、僕はいつも一人雑用に回されてました。

用務 それで?

木檜 え?

用務 それで部活を嫌うようになったわけじゃないだろう?だったら何故?

木檜 ……それは……。

 

 照明、セピア色に。ざわめき。木檜、サッカーボールを磨いている。そこへチームメイト(大嶋)が入ってくる。ざわめき、小さくなる。

 

大嶋 あ、木檜。まだやってたの?

木檜 え?ああ、お前か。あれ、練習は?

大嶋 さっき終わったよ。もう皆帰り始めてる。

木檜 そっか、全然気がつかなかった。

大嶋 お前はまだ帰らないの?

木檜 うーん、そうだな、あとこれ終わらしたら、僕も帰るよ。

大嶋 じゃ待ってるよ。一緒に帰ろうぜ。

木檜 ああ、いいよ。

大嶋 …ああ〜…疲れた〜…。

木檜 最近練習きつそうだね。皆見ると泥だらけだもん。

大嶋 もうじきレギュラー決まるからさ。皆必死なんだよ。

木檜 だろうね。…でも、皆すごいよなぁ。

大嶋 何が?

木檜 その…サッカーに対する姿勢が。すごいよ。

大嶋 そうか?

木檜 そうだよ。すごく一生懸命じゃん。

大嶋 そうかなぁ。でも、俺なんて、サッカーなんて一生懸命やったところで、将来何の役に立つ

んだって思っちゃうけどね。プロを目指してるわけでもないし。

木檜 それでも、絶対無駄にはならないよ。一生懸命やったことは、きっと。

大嶋 どうかなぁ…。

木檜 モテたいから入った俺なんかと、大違いだよ。

大嶋 …そんなことないよ。…そういやさ、木檜は将来何になりたいんだ?

木檜 僕?僕は…小説家かな。

大嶋 小説家?何で?

木檜 昔からよく親に言われて本読まされてたんだけど、いつの間にか自分が書くのもいいなーっ

て思って、それでね。

大嶋 ふーン。じゃあなんでサッカー部入ってるのさ。

木檜 この中学、文芸部ないじゃんか。モテたかったってのもあるけど。…ハイ、終わった。

大嶋 終わった?じゃ、帰ろうぜ。

木檜 うん、先行ってて。布巾とか片付けてくるから。

大嶋 じゃ、そのボール、籠に入れといてやるよ。貸して。

 

 木檜、ボールを放る。大嶋、それを取って、見る。

 

大嶋 …木檜。

木檜 何?

大嶋 お前さっき、俺達のことすごいっていうけど…お前もすごいよ。

木檜 ……?

大嶋 お前が磨いたボール、いつもピカピカでさ。すごく丁寧に手入れされてるのが分かるんだ。

このボール使ってプレイするとき、いっつもヤル気が湧いてくるんだ。俺も頑張んなきゃ、

って。

木檜 ……。

大嶋 お前がこうして毎日、ボールを磨いてくれるから、俺達はこうやって練習できるんだ。自信

持てよ。

木檜 ……ありがとう…。

 

 大嶋、はける。

 

木檜 ……僕も……頑張ろうかな……。

 

 そこへ、部長(草間)、入ってくる。

 

木檜 部長…?

草間 話がある。

 

 ざわめき。木檜と草間、口ぱくで何かを話している。木檜、俯く。草間、掃ける。ざわめきが止む。照明、セピア色から元に戻る。

 

用務 ……どうしたの?

木檜 …いえ、何でもありません……。

用務 そうか。…やっぱり辛かったか。…ごめんね。

木檜 そんな謝らなくても……。

用務 …お、もうこんな時間か。それじゃあ私はそろそろ仕事に戻るよ。彼らに会ったら宜しく伝えといて。

木檜 ……。

 

 用務、掃ける。

 

木檜 ……もう思い出さないことにしてたんだけどな……。…クソッ!

 

 木檜、椅子を蹴る。痛がる。その内に大嶋と草間、入ってくる。

 

大嶋 逃げ足だけは速かった。カバディ部たる所以か。

木檜 戻ってきてしまった……

大嶋 おお、何処に行こうとしてたんだね?

木檜 ……帰るんですよ。僕は貴方達のように部活に専念している暇は無いんです。

大嶋 まあまあ、そう言わずに。

木檜 何度も言うようですけど、僕はこの部に入る気はありません。部に熱中するのは良いですけど、他の無関心な人まで巻き込まないで下さい。

大嶋 私はただ、君にも帰宅部の何たるかを知ってもらいたく…

木檜 だからそれが迷惑なんです。自分から入りたいと望んでいる人に対してならともかく、僕はそうでないんですからもう少し接し方を考えて下さい。

大嶋 ……そうか……すまなかったな。……草間、彼は入ってくれそうにない。他の入ってくれる意欲のある新入生を探そう。

草間 ちょ、ちょっと待って下さい!

大嶋 どうした?

草間 部長、諦めるんですか!?ここで諦めたら今までの苦労が水の泡じゃないですか!

大嶋 しょうがないじゃないか、彼はこんなに嫌がっているんだから。

草間 ここは俺に任して下さい。なあお前、入ろうよ。

木檜 え!?

大嶋 おい、お前!

草間 入ろうぜ、凄い楽しいからさ!

木檜 い、嫌ですよ!

大嶋 待て、嫌がっているではないか!

草間 でも!…なあ、入ってくれよ!

大嶋 部員の中にこの部を嫌っている者がいたところで空気が悪くなるだけだ!

草間 部長は黙ってて下さいよ!とにかく、入れよ!

木檜 そんな強制されても、入るわけ無いでしょう!?

草間 お前が入ってくれないといけないんだよ!なあ、入れよ!入れよ!!

大嶋 お前どうしたんだ!いい加減にしろ!何故そこまでして入れなければならないんだ!?

草間 部長には分かりませんよ!

大嶋 そんなの聞いてみないと分からないだろう!?何故そんな強制的に入るのを望んでいない者を入れようとするんだ!?

草間 入れなければならないんですよ!でなきゃ俺が……!

大嶋 お前が…何だ?

草間 ……なあ、入れよ!

木檜 ちょ、ちょっと待って下さいよ!

大嶋 おい!!

草間 いいから入れって!

木檜 ちょっと、やめて下さいよ!

大嶋 落ち着け!錯乱していては何が言いたいのか分からないだろう!?

草間 お前が入ってくれないと、俺がこの部活をやめられないじゃないか!

木檜 やめる…!?

大嶋 おい……どういうことだよ!?

草間 …大会出るのに三人いるんでしょう?だったら大会出る為に俺抜けられないじゃないですか。でもこいつが入ったら四人で余りが出るでしょ。俺抜けられるじゃないですか!

大嶋 待てよ!何故そんなに抜けたがるんだ!?

草間 部長には分かりませんよ!…もう疲れたんですよ!

大嶋 どういうことだよ!

草間 この部に入ってから、俺がどんな目に遭ったか分かってるんですか!?

大嶋 え?

草間 俺がこの部に入ってから、変人扱いされて友達がどんどんいなくなって、部員も少ないから一人ひとりの責任も大きくて、プレッシャーになって!

大嶋 待て!お前はこの部に入った時に自分が何と言ったか忘れたのか!?周りからどう見られようと……

草間 初めは分からなかったんですよ!でも入ったら分かったんですよ!どんなに辛いかって……俺には耐えられないんですよ!

大嶋 ……。

草間 だって、人間誰でも思うじゃないですか!周りからよく見られたいって……。

大嶋 そんなこと……。

草間 カバディ部とか今輝いてるじゃないですか!周りからよく見られてるじゃないですか!それなのに、何ですかこの帰宅部は……

大嶋 周りの目など関係ない。一人ひとりの情熱が……。

草間 情熱?まだそんなことを言ってるんですか?そんなの結局たの一人よがりでしょ!

大嶋 ……。

草間 変人扱いされて、人数も少なくて……俺はもう耐えられません!!

大嶋 待てよ!どんなに辛い目に遭ったとしても、卒業まで自分の情熱を全てこの帰宅部にかけるって、私や渡部さんに言ったではないか!

草間 そんなの昔のことですよ!…そんなこと、覚えてませんし……今はそんなこと言えませんよ!

 

 草間、掃けようとする。木檜、それを遮る。

 

木檜 ……ちょっと待って下さいよ!

草間 何だよ!

木檜 …用務員のおじさん、言ってました。こんな下らないことに情熱をかけるあなた達が好きだって、言ってましたよ!

草間 何を……。

木檜 二人の情熱が大好きだって、だから一緒にいるんだって……おじさんは、自分が出来なかったことをやっている二人が好きだって……それであなたは、おじさんを裏切るんですか!?

草間 別に良いじゃないか!誰にも迷惑かけてないんだし!

木檜 さっき、あんな楽しそうに話してたじゃないですか!

草間 あんなの、お前を入れるために決まってるだろ!

木檜 ……ずるいじゃないですか……。

草間 ずるい?何処が?

木檜 おじさんを騙して、大嶋さんを騙して、それで自分だけ逃げようとしてこの部を馬鹿にして……ずるいじゃないですか!

草間 何でそうなるんだよ!俺はやめたいからやめるだけで、別に迷惑もかけていない!お前が入れば大会にだってでれるんだから!

木檜 自分がやめるだけならいいですよ!なら何で、この部のことまで馬鹿にするんですか!?

草間 ……。

木檜 この部は大嶋さんの、おじさんの、大切な場所なんですよ!何でそれまで馬鹿にするんですか!?

草間 うるさいな!何でお前にそんなことまで言われなきゃならないんだよ!

木檜 思ったんですよ!周りがどう思おうが、おじさんや大嶋さんにとってはこの部は大切な場所なんだって!

草間 ……。

木檜 自分がやめるだけならまだしも、この部を馬鹿にするのだけはやめて下さい!

草間 分かった、分かったよ。もうこの部を悪く言うのはやめる・・・それじゃ、俺はやめるからな。少なくとも俺はこの部で良い思いは一つもしませんでした。

大嶋 ……本当に、やめるのか…?

草間 そうですよ。それじゃ。もう会うこともないでしょうね。……会ったとしても話しかけないで下さいね。俺まで変人扱いされちゃ困りますからね。

 

 草間、掃ける。用務、入ってくる。

 

用務 ……あれ?草間君は?

木檜 ……草間さんは……やめてしまいました……。

用務 やめるって、帰宅部を?

木檜 ……はい。

大嶋 …情熱を失ったらしくて……。

用務 情熱を…何で?

大嶋 ……ずっと、周りから変人扱いされていたのが嫌だったらしいです……。

用務 でも彼、入部当初はそんなことは気にならないって……。

大嶋 …あいつ無理してずっと入ってたみたいなんですよ……それが、今になって爆発してしまって……。

用務 ……。

大嶋 あの時の渡部さんもきっとこんな気持ちだったんでしょうね……。

木檜 渡部さん?

用務 ……そっか。

木檜 …そっかって……、それだけですか?

用務 何で?

木檜 だって……二人のことが好きだったんじゃないんですか?

用務 そりゃ、好きだったけどさ……

木檜 じゃあ、何でそんな軽く言えるんですか?

用務 これは、私の問題じゃないから。

木檜 え、ちょっと何言ってるんですか?

用務 これはさ、彼らの問題じゃない。

木檜 彼らの問題?

用務 私はここが好きだけど、この部を助けたり、この部にあれこれ言う権利は無いと思う。

木檜 そんな、無責任じゃないですか?ここまで二人と関わっておいて、今更それだけですか?

用務 そうだよ。

木檜 逃げるんですか!?

用務 え?

木檜 おじさんはこの問題から逃げるんですか!?

用務 逃げる?逃げてなんかないよ。

木檜 じゃあ、何で?

用務 …ここの情熱は、彼らのものだから。私のものじゃないから。

木檜 でも、それでも、少し助けるとか、それぐらい出来るじゃないですか!

用務 確かに、私は大嶋君を助けることが出来るかもしれない。私が草間君に話すことでどうにかなるかもしれない。でも、それじゃあ意味ないでしょ。

木檜 じゃあ、それでこの部が無くなったらおじさんはそれで良いんですか!?おじさんはここが好きなんじゃないんですか?

用務 私は、彼らの意思でこの部が無くなるなら、それはそれで良いと思う。

木檜 ……。

用務 確かに、私は彼らの情熱が好きだけど、私のものじゃない。彼らだけの情熱なんだ。私がどうこう言えるものじゃない。

木檜 …ねえ大嶋さん、それで良いんですか!?

大嶋 ……。

木檜 おじさん、助けてあげて下さいよ!

用務 だから、このことは私が助けても何の意味も成さないんだ。

木檜 …このままじゃ……このままじゃ、この部が無くなっちゃう……。

大嶋 ……。

用務 ……確かにこれは、これは私の情熱ではないけど……君はもう、情熱を失ってしまったの?

大嶋 ……。

用務 ……今回の件でこの部が消えてしまうのが、君達の選んだ道なら私がどうこう言えるものじゃないけど、これは本当にきみが望んだ道なの?

大嶋 ……情熱は……失ってません。私は情熱を失ってなんかいない。…私は……私は大会に出たいです。今まで一緒にやってきた草間と秋元と、大会に出たいです。大会に出て、今まで自分がやってきたことを精一杯発揮したい。

用務 ……。

大嶋 …でも…、所詮私のまがい物の情熱じゃああいつを連れ戻すことは……。

木檜 それってどういう(こと……)

用務 情熱に、何かを好きだって言う気持ちにまがい物なんてないよ。人間誰にでも迷いはある。…それに、草間君を連れ戻す必要なんてないんじゃないかな。

大嶋 え?

用務 渡部君が君にそうしたようにさ。

大嶋 渡部さんが私にしたように……。

用務 これは、君達自身の問題だから、君達にしか変えられないんだ。

大嶋 ……私達にしか…。

用務 私はこれ以上何も言わないよ。最後にひとつだけ…頑張って。

 

 大嶋、用務に辞儀をして掃ける。

 

木檜 ……あ、あの。

用務 ん?

木檜 …さっきから話に出てた渡部さんって…?

用務 ……ん〜とね、実は今回のようなことは今に始まったことじゃないんだよ。

木檜 前にもあった、ということですか?

用務 うん。…確か草間君が入る前のことだったかな。その頃は二人しか部員がいなくて、渡部っていう人が部長だった。

木檜 渡部さん…

用務 その渡部君も、大体今の大嶋君と同じような感じでね。大嶋君と一緒に、毎日大会目指して練習…というか、鍛錬を頑張っていたっけ。

木檜 そうだったんですか…。

用務 ところが…ある日、大嶋君が渡部君に、「やめる」って言い出したんだ。

木檜 え…?

用務 それで、渡部君は必死に大嶋君を止めようとしたんだけど、大嶋君は結局そのままこの部室を出て行ってしまったんだ。…今の彼からのじゃ考えられないことだろう?

木檜 はい…しかも、まんま今起きていることですね。

用務 そうだね。…その後、渡部君は一人で、どうすれば大嶋君が戻ってきてくれるか必死に考えたんだ。そして悩んだ末に、大嶋君を連れ戻そうとするのをあきらめた。

木檜 え、何でですか!?

用務 その時の大嶋君は自分の意思で帰宅部をやめようとしたんだから、無理に連れ戻しても、それは大嶋君の意思を捻じ曲げてしまうことになる、そう思ったんだって。

木檜 じゃあ、何で今大嶋さんは……。

用務 その代わりに渡部君は最後にあることを大嶋君に伝えたんだ。

木檜 あること?

用務 渡部君の情熱、帰宅部を大切に思う気持ち…さ。

木檜 ……。

用務 それを聞いた大嶋君は少し悩んだ末に思い直して、帰宅部に居続けることを決意したんだ。

木檜 そうだったんですか。

用務 そんなことがあったからだろうね。さっき大嶋君が自分の情熱のことをまがい物、なんて言っちゃったのは。

木檜 ……僕も、同じです。

用務 え?

木檜 僕も、その時の大嶋さんと、今の草間さんと、同じなんです。

用務 どういうことだい?

木檜 さっき話しましたよね。中学時代のこと。

用務 ああ、サッカー部で雑用をしてたんだよね。

木檜 はい。…確かに雑用の仕事は大変でした。試合に出られずにずっと備品の点検とかボール拾いとかやってたわけですから。

用務 それは大変だったろうね。

木檜 でも、だからといってそれをおろそかにしたくはなかったんです。もちろん意地もありましたけど、やるからにはそれがどんなくだらないことだって精一杯やりたかったから。…今思えば、それがあの時の僕の情熱だったのかもしれません。

用務 ……。

木檜 それで、ある日同じサッカー部の同級生からこう言われたんです。「お前がいるから俺達は安心して練習が出来る」って。

用務 ……。

木檜 その言葉、すごいうれしかったんです。どんなことでも精一杯やっていればいつかは認めてもらえるのかもしれないって。その時初めて自分の雑用という仕事に自信が持てた気がしたんです。…でも…。

用務 でも…?

木檜 …でもその後、部長が来て、言われたんです。「お前はやめろ、全然成長しないから。雑用しかできない人間はいらない」って……。

用務 ……。

木檜 その時、こう思ったんです。やっぱり、いくら情熱をかけても、それが小さかったり意味の無さそうな事だと評価されなくて……やる意味がないんだって。

用務 ……。

木檜 そのことがあったから、僕はそのことを思い出さないように出来るだけ地元から遠い高校を選んだんです。でもこの高校、部活が盛んだったから結局選択ミスに終わった訳ですけど。

用務 そうなんだ……。

木檜 何か部活に入ったら、また同じようなことを言われるかもしれない…と思うと、どうしても部活へ入るのを拒んでしまって……。

用務 …なるほどね。

木檜 周りの目って、やっぱり気になるじゃないですか。人間関係って、周りを気にして行動した方が上手くやっていけるし、その方が安心できるんです。僕は、その安心をとって、自分の情熱から逃げ出したんです。…だから、僕は、草間さんと同じなんです。

用務 ……木檜君。

木檜 はい。

用務 ……何かに情熱をかけるのって、人の目なんて気にしないで良いんじゃないかな。

木檜 え…?

用務 絵と同じさ。一枚の絵を見て、面白いと思う人と、つまらないと思う人が居る。でも、それは両方とも間違いじゃない。人の物への価値なんて、同じなわけないんだから。

木檜 ……。

用務 だから、このことには情熱をかけていい、あのことには情熱をかけてはいけないなんてないんだよ。あってはいけないんだ。

木檜 ……。

用務 …とまぁ、私の考えを喋ってみたけどさ。あとは君一人で考えるんだよ。

木檜 え…?

用務 これもあくまで君自身の問題だ。だから、それに対して答えを見つけられるのも、君だけなんだ。

木檜 ……答え……。

用務 ……さて、あの二人は、どうなったかな。

 

 木檜と用務、後ろを向く。照明(オレンジ色)、舞台前方のみに当たる。草間、下手から入り、上手から掃けようとするところで大嶋、下手から入ってくる。

 

大嶋 ……草間。

草間 ……話しかけるなって言いましたよね…?

大嶋 …最早戻ってこいとは言わんが、一つだけ聞いてもらいたいことがある。

草間 ……。

大嶋 ……何故私が、帰宅部にいるのかを。

草間 ……。

大嶋 ……私は、特に何の取柄もないただの人間だ。カリスマとかいうものなど一切持ち合わせていない。

草間 ……。

大嶋 それだけじゃない。私もかつて、草間と同じように、渡部さんに帰宅部を「やめる」と言ったことだってあったんだ。

草間 ……。

大嶋 私は始め、本当はこんな部に入る気なんて毛頭無かった。勧誘された時には断ろうとして酷いことも言った。……分かっただろう、私が木檜君の勧誘を止めた理由が。彼はかつての私と同じだったんだ……。

草間 ……。

大嶋 その時、渡部さんは自分の情熱を以って私の心を動かしてくれた。そして今、私はここにいる。

草間 ……それがどうかしたんですか?

大嶋 渡部さんが卒業した後私は部長としてこの部活を支えていく自信がどうしても持てなかった。これでは帰宅部は衰退してしまう。だから私は見栄を張ることにした。見栄を張って渡部さんの真似事をすることで、渡部さんの情熱を形だけでも伝えていこうと思った。

草間 ……。

大嶋 しかし、所詮真似事は真似事。新しく入った部員は秋元だけで、草間もこうして帰宅部を去ろうとしている。

草間 ……。

大嶋 私は最低の部長だ。見栄だけで実際には何の能力も無い。

草間 ……。

大嶋 ただ、帰宅部を大切に思う情熱だけは本物のはずだ。手段がどうであっても、私を動かすこの情熱だけは本物だ。……私はそう信じたい。

草間 ……。

大嶋 ……だから私は帰宅部にいる。

草間 ……それだけですか……。

大嶋 私は確かに、部長としては最低だ。しかし、渡部さんの情熱だけは受け継いだと思っている。この帰宅部を大切に思う気持ち。例え周りに全く理解されなくとも、そんなことは関係ない。……それが今の私の情熱だ。

草間 ……。

大嶋 ……草間には、理解し難いものだったとは思う。しかし、これだけは分かって欲しい。私は何があっても、この帰宅部に対する情熱を失うことはない、ということを。

草間 ……。

大嶋 最初に言った通り、私は草間に戻って来いとは言わん。草間には草間の情熱がある。

草間 ……。

大嶋 ……ただ、その情熱を強く持て。誰に何と言われようと。……それだけだ。

 

 大嶋、掃ける。

 

草間 ……俺は……。

 

 「カバディ、カバディ……」と共にF・O。

 

木檜 あ、お久しぶりです!

用務 あ、久しぶり!長いこと見なかったけど、どうしたの?

木檜 その……答えを…自分なりの答えを見つけたんで、それを伝えに来たんです。

用務 答え?

木檜 僕、あの後一人でいろいろ考えてみたんです。考えに考えて、それでようやく出した答えです。

用務 …うん。

木檜 ……僕、昔から小説家になりたかったんです。

用務 へぇ、そうだったんだ。

木檜 だけど、中学の時のあのことが起こって以来、本を読むことすらやめてしまったんです。また、一つの事に夢中になって、それを失うことになるのが恐かったんです。

用務 ……。

木檜 でも、今はもう恐くなんか在りません。周りがどう思うかなんて関係ない。自分がやりたいことをやりたいようにやればいい。これが、僕の答えです。

用務 …うん、いい答えだ。

木檜 今は、文芸部で頑張ってます。今日はたまたま休みなんですよ。

用務 そっか。

木檜 …そういえば、大嶋さんと草間さんは?

用務 ああ、もうすぐ来るとは思うけど。

木檜 ……あれから、二人とは会ってるんですか?

用務 ああ、ちょくちょくね。相変わらず頑張ってるよ。

木檜 そうですか。……変わってませんね、ここも。

用務 まだ三ヶ月しか経ってないからね。

木檜 もう三ヶ月か……あれ、確か大会ってこの時期でしたよね。どうだったんですか?

用務 ああ、地区大会だね。……そういえば、まだ訊いてなかったな。

木檜 どうなったんでしょうね。

用務 さあ、ね。デザートイーグルでもぶっ放してるかもね。

 

 二人、笑う。やがて、木檜が切り出す。

 

木檜 …あの

用務 なんだい?

木檜 実は、今日はもうひとつ用事があって。

用務 用事?

木檜 …これを、読んで欲しいんです。

 

 木檜、用務に原稿を渡す。

 

用務 え?これ?(ちょっと読んで)……もしかして、これって…?

木檜 はい。三ヶ月前のここでの出来事を、小説にしてみたんです。結構、自信作なんです!

用務 へぇ、あの時のことをねぇ。

木檜 出来上がったら、最初におじさんたちに読んで貰おうって決めてたんです。本当は、大嶋さんと草間さんにも読んでほしかったんですけど…。

用務 なんなら、後で会ったら、これ渡しておくよ。

木檜 本当ですか?じゃあ、お願いします!

用務 でもその前に…ここの字の間違いを直してからだな。

木檜 え?…あー…こんなミスしてるようじゃ、小説家なんてまだまだですね…

用務 ハハハ。あと、これまだ「タイトル未定」になってるけど、これは?

木檜 ああ、それなんですけど、さっきここに来るときピンと閃いたんです。

用務 へ〜。

木檜 大嶋さん達って、何か輝いてるじゃないですか。自分達の情熱をひたすら追及し続けていて。

用務 うん。

木檜 そこで、思いついたんですよ。タイトルは…

 

 幕